第4回 感情の発達
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1. 感情の分化と発達 ― ルイスのモデルを中心に
1-1. 生物の進化と感情
どのあたりの生物から私たちは感情を感じ取るか
世界や他者との関わりとして利用している一つのチャンネルが有効に働くということ
生物と共通のコミュニケーションの基盤の上にあるということ
感情は極めて主観的なもの
無生物にも感じるように思うことさえある
哺乳類にいたっては、格段に私たちは感情のようなものを共有することができる
甘えてくることもあれば、怒りを向けてくることもある
進化心理学の知見からすれば、感情は哺乳類に至って急速に発達するもの
営巣し群れを作る
卵ではなく胎生で子供が生まれ、授乳して育てていく
他の個体と緊密に結びつき、親から育まれることが、どうやら感情と関係しているようだ
ヒトはとりわけ親を含む他の個体から育まれる事が必要
感情は重要な役割を果たし、感情が発達していく
1-2. ルイスの感情発達の理論
発達
単純で未分化だったものが、複雑化し分化していく過程
ルイスの感情発達理論(Lewis, 1993; Lewis, 2014)
感情の発達について説得力ある説明としてしばしば参照される
乳幼児の観察といくつかの実験結果を統合
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感情を2つに大別
一次感情(primary emotion)
出生後の早い時期から見られるほぼ生得的にもっている感情
最初の6ヶ月位までに見られる
二次感情(secondary emotion)
他者との交流や自己意識の発達に伴って生じてくる感情
a) 一次感情
もっとも基礎的な一次感情は3つ
「苦痛」「満足」という両極の感情
「興味」
いずれ分化する
満足
喜び
興味
驚き
苦痛
悲しみ
満足した状態が失われた状態により生じる
e.g. 母親が近くにいて満足していたのが、どこかへ行ってしまった
他人との関わりの中で生まれる状況
母親にはそばにいてほしいという期待がある
嫌悪
自身にとって不快なものと接近してしまったり受け入れてしまったときに起こる
e.g. 口の中に入った異物を吐き出したときなど
遠ざけておきたいという期待を含む
さらに怒り、恐怖が分化する
興味、悲しみ、嫌悪は他の人やものを必要としており、かつ単に受動的な反応ではない
満足や苦痛とは異なっている
4~6ヶ月のころには「怒り」が生じてくる
何か自分が求めるものや目標があるときにそれを阻むものがあり、その阻むものに対して自分自身が何らかの方法で乗り越えられる見込みがあるときに生じる
本人と何か目標による対象やそれを阻む対象があり、対象に対する自分からの行動という要素が加わっている
さらに恐れも生じるようになる
外界のなじみのないものに対する感情
「こわい」を分解すると、ほとんどが「知らない」と「わからない」でできているmtane0412.icon
区別して比較する能力が必要とされる
よく知っているもの
なじみのないもの
興味からは「驚き」が分化してくる
あらかじめ想定していた現象があり、実際に生じた現象がそれと異なっていたときに生じる
事が生じる前にそれを予想してイメージするという能力の発達が必要
感情は乳児にどのような能力が生じているかについても示している
感情の発達はこれらの能力の発達と強く結びついている
b) 二次感情
1歳を過ぎる頃から現れる
単に時期的に区切られているだけでなく、性質も質的に異なったものが生じてくる
「恥ずかしさ(てれ)」「羨望」「共感」
自己意識と深く関わっている
自分というものがあり、自分と他人を区別し、周りから見た自分というものがいることを意識すること
恥ずかしさ
他の人が自分を注目しているという認識が必要(遠藤, 2013)
自身が他の人を注目した時の体験をもとに、今、他の人が自分に注目していると想像することが必要
羨望
自分と他人を区別して、他人にあって自分にないものを感じた上で生じる感情
自他の区別と、その差異の認識
共感
自分と他人は違うということを前提にした上で、他人の置かれている状況や他人の喜び、怒りなどの感情を感じるもの
3歳を過ぎるころになると「誇り」「恥」「罪悪感」が分化してくる
自己評価や評価の基準、自分にとってのルールが獲得されていることが前提
他者の表象や他者との関係の意識ばかりでなく、内的な基準が必要
自分とって価値あることを成し遂げたら誇りを感じる
自分にとって価値あることに失敗したら恥を感じる
そうした自分を否定的に評価して負い目(罪悪感)を感じる
感情の複雑化と分化という発達は、感情事態のみではなく、他者意識や自己意識、さらには自己の内面性の発達ということと深く関連している
やがてこの能力は、他者の内面や意図の理解にもつながっていく
2. コミュニケーションの発達と感情
2-1. 乳幼児の感情関連の相互作用
新生児微笑
乳児自体は満足―苦痛あるいは快―不快という単純で未分化な感情状態だとしても、大人から見れば微笑んでいるように見える
感情の表れではなく、単に表情が生理的にそうなっているだけ
微笑の表情であることが大人の「かわいい」という感情を呼び起こし、大人からの働きかけを引き起こす
社会的微笑
3ヶ月ぐらいになると乳児は、もっと積極的に大人に表情でもって働きかけ、あるいは興味を持ったものに声を出して呼びかけようとするようになる
反応を積極的に引き出す
他にも乳児には、他者の感情を引き起こし感情での交流を引き起こす能力が備わっている
新生児模倣mtane0412.icon
舌出し模倣(Meltzoff & Moore, 1977)
新生児の目の前で大人が舌を出したり引っ込めたりすると、赤ん坊がそれをまねして自分の舌を出したり引っ込めたりする
舌だけでなく、唇を尖らせて突き出したり、口をパクパクさせても模倣を行う
これは考えてみれば不思議なこと
新生児はまず視力が十分ではなく、他者の顔がはっきりと認識できているわけではない
視覚的に捉えた他者の顔の動きが、自分の顔のどの部分を動かすことに対応するのか、鏡を見たこともない新生児は知るはずがない
全く同じ動きをするのでなくとも、リズム的に呼応し合うかのような共鳴もしばしば観察される
エントレインメント
母親が赤ん坊に声をリズミカルにかけると、その1秒から2秒後に赤ん坊は手足を動かして同調することが知られている
他者の感情が伝播したり感じ取ったりして、感情的な交流を行っていく上での基盤となるもの
共鳴としての模倣は、他者の行動を意図的に模倣するというより、本能的に無意識的に生じる共鳴であり、子供と養育者等との交流の基盤となるもの
情動調律(affect attunement)(Stern, 1985)
生後6ヶ月ごろになると、また新たな形での感情的交流が開始される
乳幼児と大人とが、感情を相互に調整しあいながら形作っていくという現象がみられる
乳幼児に情動のやりとりの能力と養育者の主観的世界を読み取る能力が始まることに支えられている
情動という語はStern(1985)の邦訳書をもとにした記述だが、意味的には感情とほぼ同義
母親と子供の内的主観的体験が共有可能となって、母親が子どもの意図や情動を形作っていき、子供も自分の情動状態を母親の情動状態と対応させることで、両者に主観的でありながら一体感のある、相互で共有された間主観的な領域が成立していく
トロニックの無表情実験(sill-face experiment)(Tronick et al., 1975)
この時期の乳幼児がいかに養育者との情動のやりとりに敏感であるかを端的に示している実験
養育者と乳幼児との情緒的交流の場面の途中で、養育者が急に無表情となり静止し子供に応答しなくなると、子供みるみるうちに不安になり、金切り声をあげ泣き始める
2-2. 他者の感情の理解
感情伝播
近い距離にある他の人がある感情状態になったときに、非常に短い時間で同じ感情が生起する
出生直後から観察される現象
隣合わせで寝ていた赤ん坊の一方が泣き始めると、もう一方がすぐ後を追って泣き始めるなど
孫悟空とブロリーだmtane0412.icon
学習の結果ではなく生得的
感情伝播は他者の感情を理解する基礎とは成り得るが、正確には感情の理解ではない
自動的に感情がうつる、感情に巻き込まれると言ったほうがよい
情動調律では内的主観的体験が共有されるという意味で、感情を理解するということに近づいている
ここで乳幼児が感じているのは一体感であり、感情を理解しているわけではない
他者と自分を別の存在だと認識した上で相手の感情を理解することができるようになるのはだいたい10ヶ月ごろ
三項関係が成立してくる
自分と相手、相手が注意や関心を向ける対象に自分も注意や関心を向ける
相手がそれに働きかけている意図や感情を理解し、また自分もそれに対して働きかけたり注意を向けたりすることで、相手との心のつながりを感じるというもの
例えばこの時期には、モノに対して相手が行った動作を、その意図を汲み取って反復することができるようになる
ボールを向かい合って交互に転がし合う
共同注意
人見知りなども10ヶ月ぐらいか生じる
相手が自分を見ているということがわかるから
社会的参照(social reference)もこの頃から
子供が見慣れないものや珍しいものに出会ったときに、同じものを見ている親の表情を見て、それに近づいたり避けたりするというもの
大人の視線が自分と同じものに注がれていることと、それに対してある表情を浮かべている大人が抱いている感情の両方を理解している必要がある
視覚的断崖(visual cliff)の実験(Gibson & Walk, 1960)
視覚的断崖実験(visual cliff experiment)
2-3. 他者の視点取得と共感
他者の感情を理解するということは、さらに複雑な心的過程を含んでいることもある
芥川龍之介『手巾』
自分の息子の死を淡々と笑みさえ浮かべて報告する婦人の手元をみると、白いハンカチが引き裂かれんばかりに握りしめられて震えていた
他者視点取得(perspective-taking)
実は他者がどのように考えて、どのようにその物事を見ているのかということを理解することができる能力
認知的視点取得
相手が持つ信念や意図を理解する
感情的視点取得
相手の感情を理解する
3歳から5歳までにその能力が獲得されると言われている(Wellman & Watson, 2001; Fabes et al., 1991)
他者の感情の視点取得には、まずその状況とそこでの標準的な感情状態に関する知識が必要
手巾の例では、息子を亡くした母親はさぞ悲しかろうという理解
ハンカチを握りしめる震える手から悲嘆の感情状態を読み取るという、表情以外での非言語的な手がかりから、感情を感じ取る能力
全く感情を制御して隠している場合は、本当は悲しいはずなのになぜ感情を表出しないのかという、相手の意図の理解が必要となる
他者が感情を制御して、真の感情ではなく見かけの感情を表出することがあるということを理解できるのは、6歳以降であると言われている(Harris et al., 1986)
他者の視点取得の能力は、共感という事態にも関わってくる
一般には共感には感情的な側面と認知的な側面があると言われている(Davis, 1994)
情動的共感
相手の感情状態がこちらに移ってくる、あるいは相手の感情状態を代理的に感じ取るもの
認知的共感
相手の視点に立って相手が見えている状況を推測する
他者視点取得に関わってくる
情動的共感と認知的共感とは、相互に関係し合いながら発達していく
2つの側面が適切に存在することが必要
感情状態を共有すること
相手の視点・文脈を共有すること
情動的側面での共感が強いと、共感というより共鳴
認知的な共感だけでは、共感というより理解